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海外法人サポートセンター

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マカオ法人とカジノ その2 - ポルトガルとともに歩んだ近代史

前回:マカオ法人とカジノ その1 - 海外法人サポートセンター

の続き⇒

 

マカオの歴史をすこし。

マカオは明の時代(1400年ごろ)は小さな漁業の町であったが、東南アジアと明の貿易が増えるに従い、通商の町に展望を遂げました。マカオから、東南アジア製の食器類がよく見つかるのはそのためです。

 

大航海時代(1500年ごろ)になると、世界の覇権を握っていたポルトガルが渡来してきます。おかげでマカオは明朝との貿易の中継地として大いに栄えることができました。その間、マカオは、ポルトガルが日本(長崎)と貿易するための中継地としても活用され、フランシスコザビエル来日や鉄砲伝来など日本の戦国時代において重要な役割を果たしました。

 

しかしその後、ポルトガルの国力低下と香港の役割向上によってマカオの近代史は翻弄されることになり、しばらく世界史の舞台裏に潜むことになりました。

 

次にマカオが表舞台に登場するのは、1962年にスタンレー・ホーがカジノの独占運営権を得るときです。そのころ、財政難に喘ぐマカオ政府にとってカジノ立国は魅力的な政策でした。そこに、第二次大戦を生き延び、マカオで実業家・政商としてすでに成功していた香港出身のスタンレーホーが、マカオ政府へ圧倒的に魅力的な提案を行ない、中国マフィア、ポルトガル系財閥をさしおいて、入札に勝ち、カジノの独占運営権のを獲得しました。

そして当初政府へ行なった約束どおり、ホテルや港を建設し、香港とマカオとを結ぶ高速フェリーを開通することで、マカオへの集客に成功し、斜陽の貿易港を、東洋のラスベガスへと育て上げました。

 

マカオが世界一のカジノとして確固たる地位を築いたのはもう少しあとになります。マカオ法人が注目されるようになったのもそのころになってからです。

この辺は、次回くわしく見ていきます。

 

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